研修医のための病歴と身体所見を中心とした問題解決型循環器症例カンファレンス

伊賀幹二、八田和大、西村 理、今中孝信、楠川禮造

はじめに

循環器疾患の診断は主として病歴、身体所見と補助手段である胸部レ線、心電図、心エコー図の5つの方法を用い各々の限界を考慮しながら総合的に行う.カテーテル検査は循環器疾患に対する最終の診断方法であるが専門的検査である.我々は、初期臨床研修医(ジュニアレジデント1、2年;以下ジュニア)が将来の進路に関わらず病歴、身体所見、胸部レ線、心電図を中心とした循環器疾患への問題解決型アプローチを修得することを目的として循環器症例カンファレンスを過去3年にわたり実施している.今回、その概要および初期の成果につき報告する.

対象ならびに方法

1992年採用のレジデント10名を対象とし、彼らがジュニアとして勤務していた1992年5月1日から1994年4月30日までの2年間に行われた151回のカンファレンスの内容を分析した.彼らのうち現在卒後4年目として本院にシニアレジデントとして勤務している7名にカンファレンスに対する評価として無記名のアンケート調査を行った.アンケート内容と結果を表1に示す.内容は、カンファレンスでの討論が現在の診療に役立っているか否かということを主体に行った.

カンファレンスは以下の順序で進める.1.循環器内科スタッフである著者らが、最終診断がなされた循環器内科入院患者のうち、ジュニアが病歴聴取および身体所見をとるのに適した症例を選択する.2.ジュニアが患者から病歴を聴取し、身体所見を記載する.3.プレカンファレンスとしてジュニアがとった病歴、身体所見を循環器ストレートコースシニアレジデントがマンツーマンでチェックし、診断および治療につき議論する.4.カンファレンスは、週2回昼休み1時間を利用して行い、著者が司会を担当する.

ジュニアは簡潔かつ必要にして十分な症例提示と病歴の要約が求められる.同時に病歴と身体所見を中心に心電図、胸部レ線を組み合わせて診断に至る過程、他の検査の必要性、治療の緊急性、入院の適応等について出席しているレジデントがお互いの意見を交えて議論する.診断治療の方向が討論されたあとに、循環器スレートコースシニアレジデントが断層およびカラードプラー心エコー図を供覧解説する.最後にカテーテル検査の結果を供覧するが、冠状動脈の細かい読影所見および経皮冠血管拡張術等の専門的な知識にはあまり言及せず、研修医としてこの疾患について知っておくべきことや最近のトピックスを著者が解説する.カンファレンス終了後ジュニア2名にカンファレンスの内容につき簡単なサマリーを提出させる.

カンファレンスの実際

1.ジュニアが2分の時間制限で、メモを見ないで病歴を呈示する.症例呈示内容が参加者に容易に理解できたか、述べるべきことの脱落または冗長であった部分の有無につき、司会者が他のジュニアまたはシニアレジデントにコメントを求める.最後に、複数のジュニアが病歴について要約する.2.ジュニアがプレカンフェレンスでシニアレジデントからチェックを受けた身体所見を述べ、ジュニア間で所見の取り方およびその意味するところを質疑応答をする.この病歴と身体所見から考えられる診断、それを確認するための必要な検査、緊急性の有無を討論する.例えば、まず点滴を確保した後に医師がそばについてポータブルで心電図を記録するか、又は医師の管理を離れて患者に心電図室へいってもらうかの判断や、血液ガス検査の必要性、不要性につき議論する.3.症例の心電図、胸部レ線は所見を順序よく述べ、病歴、身体所見と併せて考えられる診断、緊急入院の必要性、また患者が入院を躊躇した場合どのような薬物療法をするかにつきジュニアが考え方を述べる.4.この症例について心エコー図にどのような所見が期待できるかを議論した後、断層およびカラードプラー心エコー図を循環器スレートコースシニアレジデントが提示説明する.最終検査であるカテーテル検査の是非につき論じる.5.カテーテル検査の結果を提示説明した後、ジュニアが知っておくべき知識や関連したトピックスをを司会者が説明、患者への疾患に対する適切な説明につき論じる.例えば急性の僧帽弁閉鎖不全症で収縮期雑音が収縮初期にしか聴取されなかった理由をカテーテル検査からどのように考えるか、経皮冠血管拡張術時に心電図変化と症状がどちらが早く出現するか、胸痛があるが正常冠状動脈であった場合に患者にどう説明するか等についても討論する.

結果

対象疾患および討論のテーマは重複を含め虚血性心疾患68回、弁膜症38回、不整脈15回、先天性心疾患13回、心不全13回、心筋疾患10回、細菌性心内膜炎 5回、高血圧 4回、肺高血圧4回、心タンポナーデ3回、大動脈炎2回であった.参加のレジデントは主にジュニアであり、8-15名程度であった.今回検討したジュニア10名の提示症例は2年間で62回、各ジュニア別では2回から13回(平均6.2回±3.1回)であった.評価につきアンケートをとった7名は現在内科ローテートコース3名、放射線科ストレートコース2名、腹部外科ストレートコース1名、麻酔科ストレートコース1名であり、循環器を専門にしている医師はいなかった.

考察

近年、多くの臨床研修病院の循環器内科においてカテーテル検査件数は増加の一途をたどっている.それが年間1,000例におよべば読影だけでも多くの時間が必要とされ、虚血性心疾患においては治療方針は冠状動脈造影施行後に討論されるのが常である.そのため、将来循環器内科以外の道を選択しようとしている研修医に対しても、患者に対する病歴や身体所見の取り方より、教育自体が比較的簡単である冠状動脈造影の読影法が論じられがちである.しかし、彼らにとって冠状動脈造影の知識よりむしろ、病歴、身体所見、およびすべての病院で検査可能である心電図、胸部レ線の組合せによる診断過程と各検査の限界を知るほうがはるかに重要である.特に病歴、身体所見の取り方の教育は、大学教員の超専門家思考、学問の細分化、初期医療や包括的医療への関心の低さから現在の大学教育では不足しているところであり、医師免許を取り臨床研修を開始する5月に順序立てて身体所見をきちんととれる新人ジュニアはいない.

本院では臨床研修医の2年間を麻酔科4カ月、救急診療部2カ月、小児科2カ月の研修に加えて、残りを総合病棟で主治医責任を持って各科の患者を受けもつ研修方式をとっている(1).そのため、総合病棟には常時ジュニアは8-12名勤務している.今回紹介した循環器症例カンファレンスは総合病棟研修中のジュニアを対象として行われており、主目的はジュニアの症例提示能力を高めること、正確な病歴、順序立てた身体所見がとれること、循環器疾患の診断治療に対する思考過程を養成することである.症例提示回数は積極的学習態度を示す者を優先したため、今回対象としたレジデント間では2回から13回と頻度が異なっていた.やる気があったため多くの症例を提示をすることになったのか、回数が多かったため臨床能力が高まったかの判断は困難であるが、この年の個々のレジデントに対する病院の評価と、症例呈示の頻度がほぼ平行していた.出席人数は約10名であり、小グループで論議するの適切な人数であった.

例えば胸痛を主訴に来院した患者については、多くの新人レジデントは教科書通りに心筋梗塞、解離性大動脈瘤、肺梗塞、自然気胸等の鑑別診断をあげることができる.しかし、一言で胸痛といっても患者により表現は様々である.病歴による診断を明確にするためには診断の確定した多く患者から病歴を聴取し自分の知識とすることが大切である(2).本カンファレンスでは、ジュニアが実際に狭心症、心筋梗塞であった症例から直接病歴を聴取することにより教科書以上の知識がつく.また1年間で何回も同様の疾患がくり返し提示され聴衆として”刷り込み”教育的な効果が期待できたと考えられた.

大学教育は、医師国家試験が多肢選択形式であるため、循環器領域ではこの心電図診断は?、この心エコー図診断は?という形ですすめられることが多い.しかし実際の臨床の場では、心臓の診断ははじめに述べた5つの補助診断法による総合診断であり、心電図診断、心エコー図診断ではない.また、救急の場面では血液ガスや、心電図、心エコー図、等を今すぐにとる必要があるかどうかの判断力が大切である.カンファレンスでこのような診断への思考過程を論じることにより大学教育ではえられにくい実際の患者に対するの問題解決型アプローチができたと考える.

アンケートによる評価は初期研修の後、当院シニアレジデントとして勤務している7人にのみ行っているためバイアスがかかっている可能性があり、彼らも現時点では卒後4年目であるのでこのカンファランスの長期的な評価とはならない.しかし、彼らの評価としては全員が日常診療、救急診療のいずれに対しても非常に役立つとし、また”循環器におけるcommon diseaseについて循環器内科医以外の医師が知っておくべきことを学ぶことができ実際的であった”と述べ、今後も続けてほしいと希望していた.内科以外を専攻している医師にとっても有用であり、我々の所期の目的は達成できていると思われた.しかし、このような解決志向型カンファランスは診断の思考過程を養うには有効であったが、自信を持って聴診できないとのコメントがあるように、このカンファレンスでは正確な身体所見の取り方をベッドサイドで教育していなかったという欠点は否めない.これを改善するには、ジュニア一人あたりの年間担当回数を多くすることや、プレカンファレンスにおけるベッドサイド教育を充実させることが必要と思われる.循環器疾患という論理的に診断治療を進めることが比較的容易な分野で、病歴と身体所見を中心とした基本的なアプローチの方法を初期研修において身につけることは意義があると考える.